南極沿岸湖沼調査を終えて(1)-香月 興太 博士-

公開日 2018年04月09日

<img title="180409TOP2.jpg" src="/_files/00265959/180409TOP2.jpg" alt="180409TOP2.jpg" />南極沿岸湖沼調査を終えて(1)

~南極への移動手段~
 
文責:香月 興太
島根大学エスチュアリー研究センター
第59次南極地域観測隊夏・先遣隊 隊員
 
 島根大学が日本の南極地域観測事業に最も理解のある大学の一つであるということを知っている方はあまりおられないと思います。第14次南極地域観測隊に参加された秋山優教授を皮切りに、島根大学はコンスタントに教員を南極に派遣し続けており、最近30年では11名の教員が、計13回に渡って南極観測隊に参加しました。島根大学からこれだけ多くの研究者が南極に行って、研究を行うことが出来ている状況の背景には、過去に南極観測隊に参加された方々が、帰国後もOBとして南極活動への理解を広めていることが一役を担っていると思います。そこで私も南極観測隊で行われている調査の様子を紹介し、南極地域の調査・研究に興味と理解を持ってもらいたいと思い、筆をとることにしました。今回は南極での研究というよりは、環境や調査生活について紹介を行いたいと思います。もし本文を読んだ方が、得られた知識を、将来南極に行った際に役立てていただけたなら望外の喜びです。
 さて、私は59次南極地域観測隊の夏隊先遣隊員として今回南極での調査にあたったわけですが、皆さんは「先遣隊」というのをご存じでしょうか?南極観測隊員は大きく2種類にわけることが出来ます。南極で最も調査に適した時期である夏の間に南極に滞在し調査を行う「夏隊」と1年半の間南極に滞在し、様々なことを行う「越冬隊」の2種類が南極観測隊に存在します。基本的に日本の観測隊は、海上自衛隊が運用する砕氷艦「しらせ」に乗って南極に向かいます。しらせは南極と日本の間を年に1往復、南極で夏が始まる12月中旬に南極に到着し、冬が始まる前の2月上旬に昭和基地周辺を発ちます。この1か月半の間南極にいるのが「夏隊」であり、そのまま南極に残り、翌年のしらせで帰国するのが「越冬隊」になります。このしらせでの航海ですが、南極をとりまく南極海もまた調査する機会が少ない重要な海域であるため、行き返りに約10週間かけて海洋観測を行いながら移動します。つまり夏隊の隊員は、南極に6週間滞在するために10週間かけて移動することになります。6週間調査期間があると聞けば、十分なような気がしますが、南極地域での調査はとにかく時間がかかります。厳しい環境であるため、野外に出れない日が続いたり、調査準備に加えて何かあったときのための準備が必要であったり、交通手段が限られているため移動に非常に時間がかかったりするためです。そのため、夏隊での参加者は基本的に、昭和基地から大きく離れた場所や長期間にわたる調査は難しいということになります。そこでこの調査期間や調査地の問題を解決するために存在するのが「先遣隊」という区分です。先遣隊員は飛行機を用いて南極に入ります。航空機を用いれば、南アフリカから東南極までは僅かに5時間、運が良ければ日本を出発してから数日で昭和基地まで到着することが出来ます。移動に時間がかからない分、先遣隊員は南極で3か月以上活動を行うことが出来るわけです。
 
写真1.右奥の機体が南アフリカと東南極トロール基地の間を運行するノルウェー極地研究所ボーイング757型機と東南極の基地間を運行するバスラ―ターボ。場所はノルウェーのトロール基地氷上滑走路。
 
 勿論、航空機による移動にはディメリットもあります。まず船に比べて費用が高い、荷物が運べない。そして、スケジュールが定まらない。上で、「運が良ければ日本を出発してから数日で昭和基地まで到着」と書きましたが、逆に何日経っても南極に行くことすらできないということも普通にありえます。現に今回は、復路の飛行機がなかなか飛ばず、帰国が1週間遅れることになりました。なぜスケジュールが定まらないかというと、まず南極では飛行機が飛べないほどの荒天が結構頻繁に起きるということがあります。また、各基地の滑走路の状況が不安定で、整備や受け入れ態勢を整えるのが大変という事情もあります。その他色んな事情があり、南極に関する飛行機は「いつ飛ぶかわからない」というのが現状です。そのため、先遣隊を率いる先遣隊リーダーと先遣隊を支援する南極観測センターの支援の方々には大変な労力が必要になります。なにせ飛行機が遅れれば遅れるほど、南極行きを待つ人々はどんどん増えていきます。ただ待っていたらいつ南極に行けるか分かりません。今回我々が南アフリカに着いたときには、既に我々の前に南極に行くはずだった大陸間飛行第1便がキャンセルされており、南極行きの航空便を手配するAntarctic logistics Center International(ALCI)社は、南極に行きたい人々でごったがえしていました。また、南極では大型の低気圧発生が予報されており、南アフリカ到着後数日以内に南極に飛び立てなければ、1週間以上南アフリカ行きの便は飛ばないだろうと予測されていました。そんな状況で日本先遣隊を南極に送り込むべく、先遣隊リーダーと支援員の方々は、南アフリカで英気を養うこともできず、毎日ALCIに訪問して交渉することになりました。しかしその交渉のかいあって、我々先遣隊は当初予定されていたフライトとは別の飛行機、別の航路で南極に行くという離れ業を使いながら、予定よりわずかながら早く昭和基地にたどり着くことが出来ました。ちなみにこの交渉、先遣隊では毎度のことらしいです。大変ですね。
    航空機による移動には、一部の人たちにとって更なるディメリットが存在します。それは、南極内を飛ぶ飛行機の機内は「加圧されていない」ということです。南極の気圧はほかの地域に比べて低いという事実があります。そこの上空を加圧なしで飛ぶわけです。高地に強い人間にとっては何の問題もありません。しかし、弱い人間にとっては…。まあ悲惨ですね。飛んでる間中、頭痛や嘔吐感との戦いです。正直言って、南極滞在中の経験の中で行きの飛行機が2番目に辛かった。
 そんな機内の一部の人間の苦労はともかく、南極上空を飛ぶということは普段目にすることが出来ない景色を見ることが出来るという大きな利点もあります。地形や現象を俯瞰的にみることが出来るというのは科学的視点にとっても重要です(写真2,3)。
 ちなみに、現在どのくらいの人間が研究観測とは別に南極にいっているかご存知ですか?その数なんと、年間2万人を上回ります(年によっては3万人を超えます)。実は帰国後、知り合いのアメリカ人が家に来たんですが、彼も南極観光に行っていて、ひとしきり南極話で盛り上がりました。南極の風景もかなり身近なものになってきているようです(まあ、ツアーは値段が高いんですが)。皆様も一度は南極に行かれてみられては如何でしょうか。できれば南極観測隊員として。想像できない景色にあうことが出来ると思います。ただし、観光であっても、行くときは必ず環境省の許可をとってくださいね。
 

写真2.南大洋インド洋セクター氷縁の様子。
 

写真3.氷床と海氷のはざまにある露岩域。バスラ―ターボから撮影。
 

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