南極沿岸湖沼調査を終えて(4)-香月 興太 博士-

公開日 2018年05月21日

<img title="180521TOP.jpg" src="/_files/00271264/180521TOP.jpg" alt="180521TOP.jpg" />南極沿岸湖沼調査を終えて(4)

~南極の生物~
 
文責:香月 興太
島根大学エスチュアリー研究センター
第59次南極地域観測隊夏・先遣隊 隊員
 

 南極の生き物と言って、皆さんが最初に思い浮かべるのは、なんといってもやはり「ペンギン」ではないでしょうか。大抵の人が想像するように、南極の沿岸域ではペンギンを目にする機会が非常に多くあります。昭和基地にいると「どこどこの方向にペンギンが見えます」という館内放送がしばしばかかります。初めてその放送を聞いたとき、望遠カメラを手に現地に駆け付けたのですが、驚いたことにほとんど誰もそんなことしておらず、ペンギンを見に野外に出てきたのはほんの数名でした。アデリーペンギンは、昭和基地周辺ではよく見ることができ、春から夏にかけてだと大体2日に一度は見るので、南極経験者からみるとさほど珍しくはないのでしょう。とはいえ、基地周辺でみられるのは成体のみで、ペンギンの卵やひなは巣(ルッカリー)に出かけないとみることはできません。長く野外にいることの利点の一つは、野生生物たちの子育てを間近にみることが出来ることでしょう。ペンギンのひながおなかをすかせて、えさを取って帰ってきた親を追っかけまわしている様子をみると、なんとも言えないおかしさがこみ上げるともに、どんな生き物でも子育ては大変だと思わされます。




写真12.(上)昭和基地に現れたアデリーペンギン。(下)ひなを抱いたペンギン。
 

 氷上でアデリーペンギンに次いで見かけるのは、ウェッデルアザラシ。よく氷上で寝そべっています。このウェッデルアザラシ、陸上のそこかしこでミイラになっています。南極では死骸が腐敗しないので、はるか昔の遺体が残り、乾燥した空気の下ミイラになるのですが、不思議なのは、なんで死骸がミイラになる前に鳥に啄ばまれないのかということです。よっぼど鳥にとって食べにくい生き物なのでしょうか?


写真13.氷上のウェッデルアザラシ。遠い目をしているがなにか考えているのだろうか?
 

 その鳥ですが、東南極の沿岸部では、ペンギンたちを除くと主に3種類の鳥類を見かけます。雪鳥はその1種で、落石の多い岩場に巣を作っています。名前の通り、真っ白で非常に美しい鳥です。ただし、鳴き声は「ギャーギャー」とやかましく、あまり好きではありません。が、私の好悪とは関わらず、この雪鳥は南極の生態系を支える非常に重要な生き物です。雪鳥は遠く海上までえさを採りに出かけます。南極から数百キロ以上離れた場所で雪鳥を見かけることも珍しくありません。そのため雪鳥は南極の陸上に海の栄養を運んでくる役割を果たし、雪鳥とその排泄物が多い地域には、豊かな植生が見られます。南極の露岩域は基本的に砂と岩の世界なのですが、雪鳥の生息域には、地衣類やコケ類が厚く繁茂しています。


写真14.雪鳥。今回撮影したものではなく、昔南大洋インド洋セクターで撮影したもの。
 

 この雪鳥を捕食して生活しているのが、東南極の陸上生態系の頂点、ナンキョクオオトウゾクカモメ(以下、トウガモ)です。盗賊カモメの仲間なので、この名前がついているだけで、南極滞在中トウガモに食料を盗られるようなことは一切ありませんでした。狩りが上手で、雪鳥全滅するんじゃないかというぐらいにそこかしこにトウガモに襲われた雪鳥の死骸を見ることができます。トウガモの極一部は非常に縄張り意識が強くて、縄張りに入ると近くまで滑空してきて威嚇してきます。


写真15.トウガモのひな。生態系の頂点のためか、卵もひなも無防備。
 

 さて、植物の話に移ります。南極露岩域の陸上は砂と岩の世界ですが、そのような場所でも生物は存在してます。南極露岩域で見かける面白い地形の一つに黒い川というものがあります。この黒い川の正体はシアノバクテリアで、水が流れる場所には黒色のシアノバクテリアが繁茂するので、川が黒く見えるのです。露岩域の夏は、雪解け水が流れるそこかしこでシアノバクテリアが繁茂し、黒い川や黒い崖があちこちに見られます。ちなみに黒い川が出来てしばらくたつと、シアノバクテリアが蓄えた栄養を土台に緑藻などが繁茂するため、赤みを帯びた黒い植生が見られるようになります。

写真16.スカーレンの黒い川。

 陸上の植物をみていると非常に地味というか原始的なのですが、湖の中に目を向けるとその様子が一変します。藻類やコケ類の非常に美しい世界がそこにはあります。南極の生成植物の生態や生息戦略は非常に多彩で、極限環境にふさわしく特異な生態をもつものが多いのですが、紹介しているときりがないので、ここでは省略します。ぜひ皆さんにもなにかの機会に見てほしいところです。

写真17.南極の湖底。湖沼毎、そして水深別に植生ががらりと変わる。(柴田隊員撮影)
 

 南極では湖の底は植物の世界なのですが、海の底は動物の世界になります。今回、同行者の一人である後藤さんがROV(遠隔無人潜水機)を持ってこられたので、スカルブスネス・オーセン湾海底の景色を見せていただいきました。海底は一面、ホタテ・ウニ・ヒトデで満ちていました(ホタテと言っても日本にいるホタテとは種類が全く違うのですが)。夏期間中は、手作りの底引き網で簡単に採取することができます。

写真18.大量のウニ,ホタテ,ヒトデ。珪藻がどれだけ餌として貢献しているかを調べるため採取。
 

 今日、多少ながら紹介しましたが、南極には多種多様な生き物がいます。そして現在これらの生き物は、南極条約によって保護されています。まだ南極大陸が冒険の対象であった折には、多くの探検隊員が、必要に応じて、あるいは学術的な興味の為に、これらの生き物を口にしています。トウガモの焼き鳥とかペンギンの味噌煮とか。が、現在の観測隊員は、当然南極の動植物を口することはできません。南極にいると時折、こいつらどんな味なんだ?という学術的興味が沸きあがりますが、まじめな科学者である私は遵法精神にのっとり狩ったりはしません。一生味を知ることがないんだと思えば、はるかな先駆者の方々が羨ましくもありますね。
 ・・・ナンキョクオオトウゾクカモメは南極圏を離れて、北太平洋まで飛来することがある、という事実を添えて、筆をおきます。

 

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