地球上で最も豊富に存在する有機物「セルロース」の分解能力が、マングローブ域のカニ類の分布と餌利用を左右することを解明

公開日 2019年05月29日

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 エスチュアリー研究センターの川井田俊助教は、海の森林とも呼ばれるマングローブ林とその周辺の干潟(以下、マングローブ域)に生息するカニ類6種の生息環境や食性を調べ、植物性有機物である「セルロース」の分解能の違いがカニ類の分布や餌利用パターンを決める要因の1つであることを明らかにしました。
 熱帯・亜熱帯に存在するマングローブ域には多様なカニ類が生息しています。マングローブ域のカニ類は主要な低次消費者として食物連鎖を維持したり、有機物分解を促進したりするなど、生態系において重要な役割を果たしています。しかし、そのような重要性に反し、マングローブ域のどのような環境にどのような種類のカ二類が生息しているのか(すなわち、カニ類の分布パターン)や、カニ類がどのような餌を食べているのか(餌利用パターン)については、実はまだあまりわかっていません。そこで私は、マングローブ域におけるカニ類の分布や餌利用パターンを検証することにしました。
 マングローブ域には、マングローブや陸上植物などの高等植物に由来する植物性有機物が大量に集積し、主要な有機物源となっています。しかし、この有機物はカニ類が餌として利用することはほとんどなく、餌としての重要性は低いと考えられてきました。この理由の1つは、植物性有機物の主成分が難分解性のセルロースであり、これらを分解・利用できるのはセルロース分解酵素をもつ微生物だけであるという説が一般的であったためです。しかし、私のこれまでの研究では、そのような定説とは異なり、植物性有機物が豊富に存在する温帯河口域に棲むカニ類がセルロース分解酵素をもち、それらの有機物を餌として利用していることがわかりました。さらに、この研究では、酵素活性(すなわち、分解能)が高いカニ類は植物性有機物の多い場所に分布することも明らかとなりました。これは、温帯河口域のカニ類の分布パターンにセルロース分解能が影響を及ぼしていることを示唆しています。しかし、同じような現象が、カニ類の種類が多い熱帯・亜熱帯のマングローブ域でもみられるかどうかは疑問でした。もしかしたら、これは温帯河口域だけに特有な現象であるかもしれないからです。このため、本研究では沖縄県西表島のマングローブ域(図1)において、カニ類の分布パターンを明らかにするとともに、主要な微細生息場所(砂干潟、泥干潟、マングローブ林内)に出現する優占種の食性とセルロース分解能を調べ、分布パターンとの関係性を検討しました。
 その結果、砂干潟のミナミコメツキガニや泥干潟のミナミヒメシオマネキといった多くの優占種はセルロース分解能が低く、消化が容易で栄養価の高い底生微細藻類を主な餌としていることがわかりました。その一方で、林内に優占するフタバカクガニはセルロース分解能が高く、難分解性のセルロースを豊富に含む植物性有機物(マングローブ由来のデトリタス※や落葉など)を餌としていました。また、調査地の堆積物中における植物性有機物の量は干潟よりも林内で多く、底生微細藻類量は干潟で多いこともわかりました。以上のことから、セルロース分解能の違いに起因する植物性有機物の利用効率の違いが、マングローブ域のカニ類の餌利用や分布を決める要因の1つであることが明らかとなりました(図2)
 植物由来のセルロースは地球上で最も豊富に存在する有機物と言われています。そのような膨大な量の、いわば「陸」のセルロースを、「海」のカニ類が分解・利用しているという事実は、陸から海に至るまでの物質やエネルギーの流れがそれらのカニ類によって健全に維持されていることを示唆しています。本研究は、世界的に環境破壊が進むマングローブ生態系においてカニ類が極めて重要な役割を果たしていることを実証したものであり、その成果はマングローブ生態系の保全にとって価値のある基礎情報になると考えています。今後は、この研究をさらに発展させ、河口域に生息する様々な底生無脊椎動物(貝類や巻貝類、甲殻類、多毛類など)の分布や食性、セルロース分解能、被食–捕食関係を包括的に調べようと考えています。これにより、セルロース分解能をもつ底生無脊椎動物が、河口域の生態系の物質循環においてどのような役割を果たしているのかを解明していきたいと考えています。


<図1>調査を行った沖縄県西表島浦内川のマングローブ域。


<図2>本研究で得られた成果の概略。セルロースの分解能がマングローブ域に棲むカニ類の分布や餌利用を左右している。

<用語の説明>
※デトリタスとは、生物遺骸や糞などが微生物によって分解途上にあるもの

本研究は、公益財団法人日本科学協会の平成28年度笹川科学研究助成(28-730)、公益財団法人水産無脊椎動物研究所の2016年度個別研究助成(2016KO-8)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究A(JP26252027)、東京大学大気海洋研究所共同利用研究(111, 2016)によって実施したものです。
本研究成果は、2019年4月3日に、国際学術誌Estuarine, Coastal and Shelf Scienceに掲載されました。


<発表雑誌>
論文タイトル: Cellulose digestion abilities determine the food utilization of mangrove estuarine crabs
雑誌名,巻,ページ:Estuarine, Coastal and Shelf Science, Elsevier,222巻,43–52ページ
著者:Shun Kawaida, Kusuto Nanjo, Naoya Ohtsuchi, Hiroyoshi Kohno, Mitsuhiko Sano
Online 掲載日:2019年4月3日
出版:2019年6月

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